2017年10月06日

2017年9月30日 岐阜県・大垣市墨俣 夜城園遊郭跡







夜城園・東雲支店


墨俣を「すのまた」と読める人はどのくらいいるのでしょうか。
実は、ぼくは読めませんでした。
ずっと「すみまた」だと思っていましたね。
けれども、すのまたに行ってきたと職場で話題にしたところ、当然のようにみんな知っていました・・・。
常識、なのでしょうか・・・。


夜城園・入口


さて、墨俣には夜城園という赤線地帯(遊廓)がありました。
大垣市立図書館にある『墨俣町史』には昭和29年当時の夜城園の特殊軽飲食店リストが載っております。
また、同館には昭和35年頃の住宅地図(正確な年は不明)が所蔵されておりました。
この住宅地図と件のリストがあれば夜城園散策が手軽にできます。
さらに好都合なことに、墨俣に行くバスは図書館の真ん前のバス停を通ります。
ですから、ぼくはもちろんまずは図書館に向かい、そして資料を入手するとバスで墨俣へ向かったのです。


夜城園・東雲


墨俣の町は驚くほど昭和35年当時と変わっていませんでした。
もちろん、家々やお店は変わってしまっているのですが、道筋や社寺・学校などはほとんどそのままなので、昭和35年の地図でそのまま街を歩けるのです。
上の写真は、地図によると東雲というお店があったあたりです。


夜城園・世界長


上の写真は、世界長というお店があったところにあった石造りの門です。
はたして当時のものかどうかはわかりませんが、重厚ですよね。
そして、実は世界長さんは現役です。
広い敷地の一角に、「香笛 世界長」という喫茶店があるのです。
香笛は、なんとカフェと読むそうです。
残念ながら建物自体は最近の作りですが、歴史ある世界長さんでお茶を飲めるのは素敵ですよね。
ぼくが行ったときはあいにく定休日でした。


夜城園・東雲支店


上の写真は、東雲支店というお店があったあたりです。
長年にわたり空き家として放置されているため、建物がかなり老朽化しており、立ち入り禁止のカラーコーンが建てられていました。
草木にも侵食されつつあり、ご近所の方によると近いうちに取り壊しをするのではないかということでした。
もったいないことですが、どこの遊郭跡でも見られる現実ですね。


夜城園・東雲支店廊下


下の写真は、桝屋というお店があったあたりで撮影しました。
先ほどのお家と正反対に、このお家はとても素晴らしいコンディションです。
お住まいの方が建物を大事にしていらっしゃるのでしょう。
今さらなのですが、往時は特殊飲食店であっても、鑑札は「料理店」なのですね。


夜城園・桝屋鑑札


下の写真は同じお家の屋根の上の鯉です。
たぶん・・・。


夜城園・桝屋屋根


下の写真は、浪花というお店があったあたりです。
知識がないのでわからないのですが、シュロでしょうか。
エキゾチックな植物がいい感じですよね。
なお、この裏が堤防となっていて、犀川と長良川があります。


夜城園・浪花


下の写真は、昭和35年の地図ではサクラ温泉となっています。
こちらは夜城園ではなく、墨俣の街中なのですが、タイルが美しいですよね。
モノクロなのでわかりにくいですが、左下のタイル絵は、水色地にピンクで桜の花が描かれています。


墨俣・さくら温泉


夜城園・行き方
JR東海道線大垣駅下車。
大垣駅前2番乗り場より名阪近鉄バス岐垣線(岐阜聖徳学園大学行き)に乗車、約25分。
墨俣バス停下車。370円。
ぼくのように大垣市立図書館から行く場合は、スイトピアセンターバス停より名阪近鉄バス岐垣線(岐阜聖徳学園大学行き)に乗車、約30分。
墨俣バス停下車。410円。


夜城園地図


参考ウェブサイト:

岐阜県大垣市墨俣のんびりブログ(墨俣にお住まいの方のブログです)
https://blogs.yahoo.co.jp/ameriamary

墨俣地域まちづくり協議会(遊郭跡を生かしたまちづくりに期待したいです)
https://www.facebook.com/sunomatachiiki/

穂積 松琴亭(夜城園にあった松琴亭の支店だったというお蕎麦屋さんです)
https://tabelog.com/gifu/A2101/A210105/21000970/dtlrvwlst/B261243253/?lid=unpickup_review


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夜城園・東雲支店壁面


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posted by ahoujin at 21:18| Comment(2) | 遊廓

2017年08月07日

2017年8月1日 岡山県・岡山市北区 蓮昌寺境内








業態者調


カストリ出版さんで復刻されている、厚生省予防局発行の昭和14年1月版『業態者集団地域ニ関スル調』によりますと、
岡山県の欄に「岡山市東田町蓮昌寺境内」との記載があります。
曰く、戸数11、業態者数24。


岡山・西大寺


地図を見ると、蓮昌寺は現存していました。
しかも、今いる中島遊郭跡からですと、岡山駅に帰る道中にあるのです。
時間もあることですし、行ってみることにしました。


岡山・西大寺アーケード


蓮昌寺は思ったよりも小さなお寺でした。
この境内の中に業者が11軒もあったとはとても思えません。
とりあえず、境内には入らず周辺を散策してみます。


岡山・蓮昌寺山門


この辺りは繁華街となっており、飲み屋やしもた屋が並んでいます。
また、蓮昌寺の西側は料亭街のようになっていました。
「ふくだ」という料亭もありました。
西中島にも「ふくだ」はありましたが、字体が違うので別の経営なのでしょう。


岡山・田町ふくだ


さて、ひととおり周辺を歩いたのち、境内に入りました。
普通のお寺さんです。
特に出店があるわけでもないし、それらしき何の痕跡もないようでした。
かといって、このまま帰るのももったいないので、山門付近にあった事務所を訪ねてみました。


IMG_2279.jpg


こちらの要件を聞くと、どこかに電話をして尋ねてくれている様子。
そして、電話を切ると、こちらにどうぞ、と境内の奥の方に案内してくれるのでした。


岡山・田町山富士


緑に囲まれた、奥の建物にいらっしゃったのはおそらくご住職、そして役員のような方でした。
どちらも、蓮昌寺の境内に業態者がいたという話は聞いたことがないとおっしゃいます。
この辺の料亭街はその名残ではありませんかというと言下に否定されました。
そう、このあたり一帯、空襲で一切が灰になったとのことでした。
自らの不勉強を反省しつつ、お寺の歴史を拝聴いたします。


岡山・田町飲食店


空襲に合う前の蓮昌寺はたいへんに大きかったそうです。
境内の中に町があるような規模です。
そして、実際に境内に商店街がありました。
ですから、境内のなかに業態者がいても不思議はないのです。


岡山・田町民家



そうだ、とご住職が持ち出していらっしゃったのは分厚な『蓮昌寺史』。
10年かけてご住職が編集されたそうです。
その中に、戦前の蓮昌寺の想い出を書いた手記が何本かありました。
読んでみなさい、と渡され目を走らせます。


岡山・田町専門学校


すると、手記のひとつに、蓮昌寺境内にあったうどん屋の付近に「業態者」らしき女性がいた旨の記述があったのです。
記述の内容を伝えると、ご住職も真剣に手記を読みます。
そして、記述と地図を交互ににらめっこしてご住職はたぶんこの辺りだろうと地図を指さしました。
おそらく、そこに業態者が存在したのです。
・・・。

岡山・戦前蓮昌寺


突然の訪問にもかかわらず、快く応対いただいた、ご住職様、役員様、ありがとうございました。
また、急な夕立に傘までいただいてしまいほんとうにたすかりました。
この場を借りてお礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。


岡山・蓮昌寺業態者


上の写真のあたり(下の地図の赤丸のあたり)が、ご住職が推定された業態者の地域になります。


岡山・蓮昌寺地図


参考ウェブサイト:

蓮昌寺(蓮昌寺の公式サイトです)
http://renjyoji.com/

食べログ ふくだ(田町の料亭ふくださんです)
https://tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33000813/

おかやま街歩きノオト(いつものことですが、岡山に行く前に見たかったサイトです)
http://machinooto.exblog.jp/








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タグ:旅行 岡山 遊郭
posted by ahoujin at 16:09| Comment(0) | 遊廓

2017年08月03日

2017年7月27日 兵庫県・たつの市龍野町立町(本竜野)









たつのPOLA龍野営業所


友人と竹田城に行く予定でした。
ところが、前日の架線トラブルの影響とかでJRのダイヤが乱れまくり。
新快速に乗っていたはずなのに、いつの間にか普通電車に変わっていて、
”お急ぎの方は後から来る新快速にお乗り換えください”
と言われたり。


たつの市3階建てのビル


姫路に着いたときはすでに13時過ぎ、とても竹田城までは行けそうにありません。
いや、行くことはできるのですが、同行した友人の都合で18時には大阪まで戻らなくてはならないので、
事実上、行けないというわけです。


たつの市模造タイルの建物


ふと駅の表示を見ると、あと5分ほどで姫新線の発車時刻です。
姫新線沿線に、魅力的な場所があるでしょうか…
本竜野駅がありました。
竜野には、前から行ってみたいと思っていましたので、ここで予定変更。
姫新線の旅客となったのです。


たつの市三層


龍野と言えば、花街ノスタルジアさんで拝見した”何とも不思議なバルコニーのある美容院”。
これはぜひとも見たかったのですが、なんとほぼ駅前にありすぐに見つけることができました。
隣の建物は取り壊され、また2階の窓が一つ潰されてはいましたが、その優雅なスタイルは健在でした
(一枚目のカラー写真の建物です)


たつの市ふるさと


駅から歩くこと約10分、揖保川にかかる龍野橋に到着です。
ここを渡ると、いよいよ龍野の城下町。
ぶらぶらと散策していると空腹に気がつきました。
そりゃもう14時を過ぎていますからね。
というわけで、腹ごしらえをすることにしました。


たつの市ふるさと鑑札


食事ができるところを探して彷徨しているうちに、「ふるさと」に逢着しました。
見ると、なんとランチが500円からあるではありませんか。
この素敵な外見でランチ500円とは。
勇んで突撃したところ、ラストオーダーの時間を過ぎておりもうすぐ閉店なのでごめんなさいとのことでした
(14:30ラストオーダー、15:00閉店)。


たつの市カフェー


でも、このお店の方が親切な方で、この辺で今から食事できるところがありますよ、とランチマップをわれわれに下さいました。
その親切に甘えて、ちょっと図々しくこの店の成り立ちを尋ねてみました。
その方が言うには、ここは芸者さんが経営していたお店でしたよ、とのこと。
なお、ここの店には「料理屋」の鑑札がついておりました。


たつの市カフェー鑑札


上の写真は、「ふるさと」のすぐそばのカフェー。
なんと、ストリートビューでも「カフエー」の鑑札が拝めます。


たつの市たこ焼きたこちゃん


しばらく歩いて、「たこ焼きたこちゃん」を発見。
満場一致でこちらに入店することに。
ここのお母さんがまた親切な人。
昔の龍野の話をいろいろとしてくださいました。


たつの市はり正(料理店)


お母さんの話の中に、”やとな”という言葉が自然にでてきてびっくり。
過去の言葉だと思っていましたが、今も使われている言葉なんですね。
別れ際に、龍野の歴史の本までいただいてしまいました。
どうして、龍野人ってこんなに親切なんでしょう。
みなさんも、龍野に行ったらぜひ、ふるさと、そしてたこちゃんへ行ってみてくださいね。


たつの市地図


龍野町立町・行き方
JR山陽本線姫路駅から姫新線に乗り換え、本竜野駅下車。
徒歩なら、西口を出て駅前からまっすぐ続く大通りを約10分、セブンイレブンの角を斜め右へ。
龍野橋を渡ったら、道なりで歩き、突き当たりを右へ。


参考ウェブサイト:

ふるさと(なんと、ふるさとさんにFBがありました!)
https://www.facebook.com/bar.furusato/

作展/さくてん。(たこ焼きたこちゃんが紹介されています)
http://wowon.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

二分の一夢庵 夢紡ぎ(たつの生まれのたつの育ちの女将さんのブログです)
http://nibunnnoichi.jugem.jp/?cid=20









たつの市たまき

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タグ:建築 兵庫 遊郭
posted by ahoujin at 01:57| Comment(4) | 遊廓

2017年01月03日

2017年1月2日 岐阜県・岐阜市高岩町 岐阜芸妓検番付近






岐阜市・岐阜検番


あけましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。

さて、お正月ということで、初詣で賑わう岐阜の町に友人と行ってまいりました。


岐阜市・八ツ寺町


木村聡先生の『赤線跡を歩く【完結編】』に再録されている「夜の女性街・全国案内版」によりますと、

岐阜 花街は三ヶ所に分れ、上の芸妓は伊奈波町、中の芸妓は高岩町から住吉町、弥八町、若宮町界隈、下は元金津遊郭内、併せて120軒、350名いる。

となっています。


岐阜市・住吉町


今回、せっかくなので”上”、”中”、”下”の三ヶ所すべて回ってみました。
今日は岐阜芸妓検番のある”中”、高岩町・住吉町・弥八町・若宮町付近の街並みをご紹介します。


岐阜市・美園町


なお、”下”にあたる、金津遊郭があったところ(今の西柳ケ瀬。金津園とは異なります)も、金津遊郭ができる前は高岩という地名だったようですが、今回訪ねた高岩町はそれとは別の場所になります。


岐阜市・西園町


下の写真の”満豊”さんは、鳳川妓連の公式サイト(金毘羅ふねふねが気になります)によりますと、「岐阜の花街で最後に残ったお茶屋」だそうです。
さらに、「お茶屋とは貸し座敷のことで、お客様の好みに合わせてどのようにでもご利用できます。」
と続きます。
吉原などでは遊郭のことを貸座敷といいましたが、文脈からすると、いわゆるレンタル・ルームのようなもののようですね。


岐阜市・高岩町満豊


弥八町・住吉町はスナック街という雰囲気でしたが(3枚目の写真が住吉町です)、高岩町付近は一転して料亭街となっています。
ぼくは料亭とは縁の無い人生を送ってきたので、料亭がどんなものかはよくわかりませんが(別に泣いてなんかいません><)、なんとなく高級な雰囲気が漂っているような気がします。


岐阜市・高岩町万平



下の写真は「八重菊」さんという表札がありました。
たぶん料亭だと思うのですが、三棟が連結したような大規模なつくりです。


岐阜市・高岩町八重菊


下の写真は個人の方のお住いのようなのですが、かなりいいオーラが出ています。
前回、紹介した吉原遊郭跡の「ゆうらく」さんと似た感じですよね。


岐阜市・西園町全景


岐阜の街をゆっくり歩いたのは今回が初めてだったのですが、高岩町付近に限らず、古い建物の宝庫で楽しめました。
愛知で「芸文」というと、栄にある近代的な県立の会館のことですが、岐阜の「芸文」はもっとすごいです。
今回は行けませんでしたが、次は生で見たいものです。


岐阜市・中


高岩町付近・行き方
最寄りのバス停は岐阜市役所南庁舎前です。
JR東海道線岐阜駅から12番・13番乗り場から岐阜バスで約8分。
徒歩でも20分〜30分ほどです。





参考ウェブサイト:

金津園ソープ徹底攻略・コラム〜岐阜のソープランドについて〜(超おすすめ!敷居が高いタイトルですが、実はこっち向きの内容。岐阜県の遊郭の変遷、細かく年代ごとに作られた古地図gifは感涙もの。このサイトを見てから行くべきでした!)
http://www.xn--3ck9bufn90ojcxm89b.com/column.html

レッツぎふ グルメ 万平(かの大島旅館とは・・・気になるところです)
http://g.lets-gifu.com/shop/index-4916.html

京まちづくりの会(西柳ケ瀬が「高岩」という地名だったことが書かれています)
http://blogs.yahoo.co.jp/gifukyoumachi/1913968.html

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岐阜市・西園町
タグ:岐阜 建築 遊郭
posted by ahoujin at 15:35| Comment(2) | 遊廓