2017年11月16日

2017年11月13日 愛知県・岡崎市渡町(矢作町)千鳥園赤線(遊郭)跡







千鳥園・たつみ寮


岡崎にあったといわれる赤線・千鳥園。
手元には、千鳥園についての文献は皆無でした。
そもそも、その存在を知ったのもインターネットの掲示板という心細さ。
あとは、春馬車さん(@jounalduvoleur) の過去ツイートだけが事前の情報でした。


千鳥園・柿


そういうわけですから、歩き通し覚悟・無駄足覚悟で岡崎まで来たのですが、案ずるより産むがやすしとはよく言ったものです。
図書館で古い住宅地図を閲覧したところ、あっさりと見つけてしまいました。
千鳥園があった渡町自体は広いのですが、広い渡町の中でも住宅地図がある区域は思いのほか少なかったことも幸運でした。


千鳥園・捨てられた看板


ストリートビューでの予習では、名鉄電車の北側にあるのではないかと思っていたのですが、実際には名鉄線のガードをくぐった南側にありました(以前に春馬車さんがツイートしていた通りでした)。


千鳥園・やっこ


ご近所でお会いした方にお伺いしたところ、当時のもので残っているのは上の写真の建物(『やっこ』というお店があった場所にあたります)ぐらいではないかとのことでした。
大通りから直角に伸びているメインストリートに料理屋があって、メインストリートに直角に交わってる横道にあった置き屋さんから(娼妓を)呼んでいたようだ、とも教えていただきました。


千鳥園・玉乃家


トップに配したカラー写真は、この一角で唯一屋号が残っていたお家で『たつみ寮』と読めます。
置き屋さんぽい名前ですよね。
すぐ上の写真は、『玉乃家』というお家があったあたりです。


千鳥園・大和、ますみ、一力


上の写真は、左の手前が『大和』、左の奥は『ますみ』、右は『一力』と『松竹』が並んでいた辺りになります。
狭い区域に密集していたようです。


千鳥園・やっこと金波の間の道


上の写真は、二本ある横道のうち、大通りに近い道です。
ごらんの通り、細くて未舗装。
知らなければ住人以外は来ないような道でした。
この通りに『たつみ寮』はあります。
下の写真は『たつみ寮』を違う角度から見たところです。


千鳥園・たつみ寮と流し台



下の写真は、もう一本の横道。
矢作川に近い方の道です。
右の空き地は『おかめ』というお店があったあたり。
左のお家があるのは、『花月』というお店があったあたり。
サイディングがされてはいますが、古い建物のようです。
それにしても、日が短くなりました。


千鳥園・花月


千鳥園・行き方
名鉄名古屋本線矢作橋駅下車徒歩10分。
または昭和園赤線跡(板屋町遊郭跡)からでも徒歩20分ほど。


千鳥園地図


参考ウェブサイト:

しょっぱい営業がカメラを構える!(言わずと知れた春馬車さんのブログです。最近、更新が再開されたのがうれしいですね)
http://harubasha.blog.fc2.com/

矢作川の橋とダム巡り(文字通りで、マニアックです)
http://8.pro.tok2.com/~secondinou/hasi&damu/yahagigawa/yahagigawa.htm


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千鳥園全景
タグ:愛知 建築 遊郭
posted by ahoujin at 22:29| Comment(2) | 遊郭(愛知県)

2017年10月29日

2017年10月18日 愛知県・西尾市一色(幡豆郡一色町) 睦荘赤線(遊郭)跡







一色・ルヴォワール


吉良吉田から一色を経由して碧南まで。
かつては名鉄電車が走っていたその路線を、現在はバスが走っています。
吉良吉田のバス停には、女性がひとりだけ待っていました。
時間を尋ねられたことがきっかけで、ぼくはその女性と会話を交わすことになったのです。


一色・天神町赤い家


一色には、当時、睦荘組合という特殊カフェ―の組合がありました。
そのうちの四軒が花園町というところにあるのですが、現在の地図はもちろん、30年まえの住宅地図を見てもどのあたりなのかわかりません。
そこで、ぼくはその女性に尋ねてみたのです。


一色・天神町タイルの円柱


残念ながら、花園町はわからないとの返事でした。
ただ、同じ睦荘組合の「花月」というお店のことはよく知っているとおっしゃいます。
なんと、以前は「花月」のある通りに住んでいたそうです。
その方がお嫁に来たとき、まだ睦荘は全盛でした。
ですから、そんなところにお嫁に行っても大丈夫かと、周りからずいぶん心配されたそうです。


一色・花月


さて、睦荘組合のうちの「千歳舘」も同じ通りにありました。
遊郭廃止後は仕出し中心のお寿司屋さんに転業されたとのこと。
今はもう、お寿司屋さんも辞めて、家も建て替えてしまい、当時の面影はもうありませんが…。
(下の写真は千歳舘さんとは全く無関係です)


一色・キク商店さんのあたり


さらに、その方は、ご親切にも心当たりのお友達に電話をして花園町の場所を電話で聞いてくれたのです。
バスを降りてからも、丁寧に道案内をしてもらい、名残を惜しみつつ、その方とは別れました。


一色・花園町


教えていただいたあたりに、「C心亭」はありました。
今でも、うっすらと「C心亭」の文字が残っていますがわかりますでしょうか?


一色・C心亭


なお、別の方に教えていただいたのですが、「C心亭」の東が「菊水」だったそうです。
また、下の写真の家が「一力」さんだと教えていただきましたが、ちょっと記憶があいまいだったようなので、違うかもしれません。
なにしろ、60年ぐらい前のことですから・・・ねえ?
(2017年10月29日追記:1963年の住宅地図によると、「一力」は下の写真の家ではなく、もう一つ下の写真、壁に帆船のレリーフのあるお家のようです)


一色・一力?


30年前の地図では、「スナック再会」だった店は、「ルヴォワール」という店になっていました。
そう、ルヴォワールは、フランス語で「再会」の意なのですね。
この「ルヴォワール」に併設されている「末広旅館」が、おそらく「末廣」でしょう。
向かいには、一色芸妓職業斡旋所の建物が残っていました。
そして、すぐ近くでは、建物を解体する不吉な音が響いておりました。


一色・帆船のレリーフのある家


特殊カフエー睦荘組合
花園町 一富士
花園町 一力
花園町 C心亭
花園町 菊水
東上町 千歳舘
東下町 文の家
東下町 花月
住吉町 末廣
天神町 壽
江川町 住吉


一色・中根薬局


一色・行き方
名鉄西尾線吉良吉田駅からフレンドバス碧南行に乗車、大宝橋バス停下車。
又は、名鉄三河線碧南駅からフレンドバス吉良吉田駅行に乗車。大宝橋バス停下車。


一色・十一屋支店


参考ウェブサイト:

ルヴォワールさんのFB(ハロウィンパーティーのお知らせがありましたが、2014年のものでした)
https://ja-jp.facebook.com/%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB-1565193267040774/

スナックいくこのブログ(最近更新されていないのが気がかりです)
https://ameblo.jp/snack195/

一色うなぎ漁業協同組合(一色といえば、うなぎですよね)
http://hongou.mie1.net/e358256.html





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一色・記憶の中の遊郭

posted by ahoujin at 01:18| Comment(2) | 遊郭(愛知県)

2017年10月06日

2017年9月30日 岐阜県・大垣市墨俣 夜城園遊郭跡







夜城園・東雲支店


墨俣を「すのまた」と読める人はどのくらいいるのでしょうか。
実は、ぼくは読めませんでした。
ずっと「すみまた」だと思っていましたね。
けれども、すのまたに行ってきたと職場で話題にしたところ、当然のようにみんな知っていました・・・。
常識、なのでしょうか・・・。


夜城園・入口


さて、墨俣には夜城園という赤線地帯(遊廓)がありました。
大垣市立図書館にある『墨俣町史』には昭和29年当時の夜城園の特殊軽飲食店リストが載っております。
また、同館には昭和35年頃の住宅地図(正確な年は不明)が所蔵されておりました。
この住宅地図と件のリストがあれば夜城園散策が手軽にできます。
さらに好都合なことに、墨俣に行くバスは図書館の真ん前のバス停を通ります。
ですから、ぼくはもちろんまずは図書館に向かい、そして資料を入手するとバスで墨俣へ向かったのです。


夜城園・東雲


墨俣の町は驚くほど昭和35年当時と変わっていませんでした。
もちろん、家々やお店は変わってしまっているのですが、道筋や社寺・学校などはほとんどそのままなので、昭和35年の地図でそのまま街を歩けるのです。
上の写真は、地図によると東雲というお店があったあたりです。


夜城園・世界長


上の写真は、世界長というお店があったところにあった石造りの門です。
はたして当時のものかどうかはわかりませんが、重厚ですよね。
そして、実は世界長さんは現役です。
広い敷地の一角に、「香笛 世界長」という喫茶店があるのです。
香笛は、なんとカフェと読むそうです。
残念ながら建物自体は最近の作りですが、歴史ある世界長さんでお茶を飲めるのは素敵ですよね。
ぼくが行ったときはあいにく定休日でした。


夜城園・東雲支店


上の写真は、東雲支店というお店があったあたりです。
長年にわたり空き家として放置されているため、建物がかなり老朽化しており、立ち入り禁止のカラーコーンが建てられていました。
草木にも侵食されつつあり、ご近所の方によると近いうちに取り壊しをするのではないかということでした。
もったいないことですが、どこの遊郭跡でも見られる現実ですね。


夜城園・東雲支店廊下


下の写真は、桝屋というお店があったあたりで撮影しました。
先ほどのお家と正反対に、このお家はとても素晴らしいコンディションです。
お住まいの方が建物を大事にしていらっしゃるのでしょう。
今さらなのですが、往時は特殊飲食店であっても、鑑札は「料理店」なのですね。


夜城園・桝屋鑑札


下の写真は同じお家の屋根の上の鯉です。
たぶん・・・。


夜城園・桝屋屋根


下の写真は、浪花というお店があったあたりです。
知識がないのでわからないのですが、シュロでしょうか。
エキゾチックな植物がいい感じですよね。
なお、この裏が堤防となっていて、犀川と長良川があります。


夜城園・浪花


下の写真は、昭和35年の地図ではサクラ温泉となっています。
こちらは夜城園ではなく、墨俣の街中なのですが、タイルが美しいですよね。
モノクロなのでわかりにくいですが、左下のタイル絵は、水色地にピンクで桜の花が描かれています。


墨俣・さくら温泉


夜城園・行き方
JR東海道線大垣駅下車。
大垣駅前2番乗り場より名阪近鉄バス岐垣線(岐阜聖徳学園大学行き)に乗車、約25分。
墨俣バス停下車。370円。
ぼくのように大垣市立図書館から行く場合は、スイトピアセンターバス停より名阪近鉄バス岐垣線(岐阜聖徳学園大学行き)に乗車、約30分。
墨俣バス停下車。410円。


夜城園地図


参考ウェブサイト:

岐阜県大垣市墨俣のんびりブログ(墨俣にお住まいの方のブログです)
https://blogs.yahoo.co.jp/ameriamary

墨俣地域まちづくり協議会(遊郭跡を生かしたまちづくりに期待したいです)
https://www.facebook.com/sunomatachiiki/

穂積 松琴亭(夜城園にあった松琴亭の支店だったというお蕎麦屋さんです)
https://tabelog.com/gifu/A2101/A210105/21000970/dtlrvwlst/B261243253/?lid=unpickup_review


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夜城園・東雲支店壁面


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posted by ahoujin at 21:18| Comment(2) | 遊郭(岐阜県)

2017年08月07日

2017年8月1日 岡山県・岡山市北区 蓮昌寺境内








業態者調


カストリ出版さんで復刻されている、厚生省予防局発行の昭和14年1月版『業態者集団地域ニ関スル調』によりますと、
岡山県の欄に「岡山市東田町蓮昌寺境内」との記載があります。
曰く、戸数11、業態者数24。


岡山・西大寺


地図を見ると、蓮昌寺は現存していました。
しかも、今いる中島遊郭跡からですと、岡山駅に帰る道中にあるのです。
時間もあることですし、行ってみることにしました。


岡山・西大寺アーケード


蓮昌寺は思ったよりも小さなお寺でした。
この境内の中に業者が11軒もあったとはとても思えません。
とりあえず、境内には入らず周辺を散策してみます。


岡山・蓮昌寺山門


この辺りは繁華街となっており、飲み屋やしもた屋が並んでいます。
また、蓮昌寺の西側は料亭街のようになっていました。
「ふくだ」という料亭もありました。
西中島にも「ふくだ」はありましたが、字体が違うので別の経営なのでしょう。


岡山・田町ふくだ


さて、ひととおり周辺を歩いたのち、境内に入りました。
普通のお寺さんです。
特に出店があるわけでもないし、それらしき何の痕跡もないようでした。
かといって、このまま帰るのももったいないので、山門付近にあった事務所を訪ねてみました。


IMG_2279.jpg


こちらの要件を聞くと、どこかに電話をして尋ねてくれている様子。
そして、電話を切ると、こちらにどうぞ、と境内の奥の方に案内してくれるのでした。


岡山・田町山富士


緑に囲まれた、奥の建物にいらっしゃったのはおそらくご住職、そして役員のような方でした。
どちらも、蓮昌寺の境内に業態者がいたという話は聞いたことがないとおっしゃいます。
この辺の料亭街はその名残ではありませんかというと言下に否定されました。
そう、このあたり一帯、空襲で一切が灰になったとのことでした。
自らの不勉強を反省しつつ、お寺の歴史を拝聴いたします。


岡山・田町飲食店


空襲に合う前の蓮昌寺はたいへんに大きかったそうです。
境内の中に町があるような規模です。
そして、実際に境内に商店街がありました。
ですから、境内のなかに業態者がいても不思議はないのです。


岡山・田町民家



そうだ、とご住職が持ち出していらっしゃったのは分厚な『蓮昌寺史』。
10年かけてご住職が編集されたそうです。
その中に、戦前の蓮昌寺の想い出を書いた手記が何本かありました。
読んでみなさい、と渡され目を走らせます。


岡山・田町専門学校


すると、手記のひとつに、蓮昌寺境内にあったうどん屋の付近に「業態者」らしき女性がいた旨の記述があったのです。
記述の内容を伝えると、ご住職も真剣に手記を読みます。
そして、記述と地図を交互ににらめっこしてご住職はたぶんこの辺りだろうと地図を指さしました。
おそらく、そこに業態者が存在したのです。
・・・。

岡山・戦前蓮昌寺


突然の訪問にもかかわらず、快く応対いただいた、ご住職様、役員様、ありがとうございました。
また、急な夕立に傘までいただいてしまいほんとうにたすかりました。
この場を借りてお礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。


岡山・蓮昌寺業態者


上の写真のあたり(下の地図の赤丸のあたり)が、ご住職が推定された業態者の地域になります。


岡山・蓮昌寺地図


参考ウェブサイト:

蓮昌寺(蓮昌寺の公式サイトです)
http://renjyoji.com/

食べログ ふくだ(田町の料亭ふくださんです)
https://tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33000813/

おかやま街歩きノオト(いつものことですが、岡山に行く前に見たかったサイトです)
http://machinooto.exblog.jp/








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タグ:旅行 岡山 遊郭
posted by ahoujin at 16:09| Comment(0) | 遊郭(中四国)