2017年08月07日

2017年8月1日 岡山県・岡山市北区 蓮昌寺境内








業態者調


カストリ出版さんで復刻されている、厚生省予防局発行の昭和14年1月版『業態者集団地域ニ関スル調』によりますと、
岡山県の欄に「岡山市東田町蓮昌寺境内」との記載があります。
曰く、戸数11、業態者数24。


岡山・西大寺


地図を見ると、蓮昌寺は現存していました。
しかも、今いる中島遊郭跡からですと、岡山駅に帰る道中にあるのです。
時間もあることですし、行ってみることにしました。


岡山・西大寺アーケード


蓮昌寺は思ったよりも小さなお寺でした。
この境内の中に業者が11軒もあったとはとても思えません。
とりあえず、境内には入らず周辺を散策してみます。


岡山・蓮昌寺山門


この辺りは繁華街となっており、飲み屋やしもた屋が並んでいます。
また、蓮昌寺の西側は料亭街のようになっていました。
「ふくだ」という料亭もありました。
西中島にも「ふくだ」はありましたが、字体が違うので別の経営なのでしょう。


岡山・田町ふくだ


さて、ひととおり周辺を歩いたのち、境内に入りました。
普通のお寺さんです。
特に出店があるわけでもないし、それらしき何の痕跡もないようでした。
かといって、このまま帰るのももったいないので、山門付近にあった事務所を訪ねてみました。


IMG_2279.jpg


こちらの要件を聞くと、どこかに電話をして尋ねてくれている様子。
そして、電話を切ると、こちらにどうぞ、と境内の奥の方に案内してくれるのでした。


岡山・田町山富士


緑に囲まれた、奥の建物にいらっしゃったのはおそらくご住職、そして役員のような方でした。
どちらも、蓮昌寺の境内に業態者がいたという話は聞いたことがないとおっしゃいます。
この辺の料亭街はその名残ではありませんかというと言下に否定されました。
そう、このあたり一帯、空襲で一切が灰になったとのことでした。
自らの不勉強を反省しつつ、お寺の歴史を拝聴いたします。


岡山・田町飲食店


空襲に合う前の蓮昌寺はたいへんに大きかったそうです。
境内の中に町があるような規模です。
そして、実際に境内に商店街がありました。
ですから、境内のなかに業態者がいても不思議はないのです。


岡山・田町民家



そうだ、とご住職が持ち出していらっしゃったのは分厚な『蓮昌寺史』。
10年かけてご住職が編集されたそうです。
その中に、戦前の蓮昌寺の想い出を書いた手記が何本かありました。
読んでみなさい、と渡され目を走らせます。


岡山・田町専門学校


すると、手記のひとつに、蓮昌寺境内にあったうどん屋の付近に「業態者」らしき女性がいた旨の記述があったのです。
記述の内容を伝えると、ご住職も真剣に手記を読みます。
そして、記述と地図を交互ににらめっこしてご住職はたぶんこの辺りだろうと地図を指さしました。
おそらく、そこに業態者が存在したのです。
・・・。

岡山・戦前蓮昌寺


突然の訪問にもかかわらず、快く応対いただいた、ご住職様、役員様、ありがとうございました。
また、急な夕立に傘までいただいてしまいほんとうにたすかりました。
この場を借りてお礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。


岡山・蓮昌寺業態者


上の写真のあたり(下の地図の赤丸のあたり)が、ご住職が推定された業態者の地域になります。


岡山・蓮昌寺地図


参考ウェブサイト:

蓮昌寺(蓮昌寺の公式サイトです)
http://renjyoji.com/

食べログ ふくだ(田町の料亭ふくださんです)
https://tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33000813/

おかやま街歩きノオト(いつものことですが、岡山に行く前に見たかったサイトです)
http://machinooto.exblog.jp/








にほんブログ村 旅行ブログ 旅日記・旅の思い出へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ
にほんブログ村
タグ:旅行 岡山 遊郭
posted by ahoujin at 16:09| Comment(0) | 遊廓

2017年08月03日

2017年7月27日 兵庫県・たつの市龍野町立町(本竜野)









たつのPOLA龍野営業所


友人と竹田城に行く予定でした。
ところが、前日の架線トラブルの影響とかでJRのダイヤが乱れまくり。
新快速に乗っていたはずなのに、いつの間にか普通電車に変わっていて、
”お急ぎの方は後から来る新快速にお乗り換えください”
と言われたり。


たつの市3階建てのビル


姫路に着いたときはすでに13時過ぎ、とても竹田城までは行けそうにありません。
いや、行くことはできるのですが、同行した友人の都合で18時には大阪まで戻らなくてはならないので、
事実上、行けないというわけです。


たつの市模造タイルの建物


ふと駅の表示を見ると、あと5分ほどで姫新線の発車時刻です。
姫新線沿線に、魅力的な場所があるでしょうか…
本竜野駅がありました。
竜野には、前から行ってみたいと思っていましたので、ここで予定変更。
姫新線の旅客となったのです。


たつの市三層


龍野と言えば、花街ノスタルジアさんで拝見した”何とも不思議なバルコニーのある美容院”。
これはぜひとも見たかったのですが、なんとほぼ駅前にありすぐに見つけることができました。
隣の建物は取り壊され、また2階の窓が一つ潰されてはいましたが、その優雅なスタイルは健在でした
(一枚目のカラー写真の建物です)


たつの市ふるさと


駅から歩くこと約10分、揖保川にかかる龍野橋に到着です。
ここを渡ると、いよいよ龍野の城下町。
ぶらぶらと散策していると空腹に気がつきました。
そりゃもう14時を過ぎていますからね。
というわけで、腹ごしらえをすることにしました。


たつの市ふるさと鑑札


食事ができるところを探して彷徨しているうちに、「ふるさと」に逢着しました。
見ると、なんとランチが500円からあるではありませんか。
この素敵な外見でランチ500円とは。
勇んで突撃したところ、ラストオーダーの時間を過ぎておりもうすぐ閉店なのでごめんなさいとのことでした
(14:30ラストオーダー、15:00閉店)。


たつの市カフェー


でも、このお店の方が親切な方で、この辺で今から食事できるところがありますよ、とランチマップをわれわれに下さいました。
その親切に甘えて、ちょっと図々しくこの店の成り立ちを尋ねてみました。
その方が言うには、ここは芸者さんが経営していたお店でしたよ、とのこと。
なお、ここの店には「料理屋」の鑑札がついておりました。


たつの市カフェー鑑札


上の写真は、「ふるさと」のすぐそばのカフェー。
なんと、ストリートビューでも「カフエー」の鑑札が拝めます。


たつの市たこ焼きたこちゃん


しばらく歩いて、「たこ焼きたこちゃん」を発見。
満場一致でこちらに入店することに。
ここのお母さんがまた親切な人。
昔の龍野の話をいろいろとしてくださいました。


たつの市はり正(料理店)


お母さんの話の中に、”やとな”という言葉が自然にでてきてびっくり。
過去の言葉だと思っていましたが、今も使われている言葉なんですね。
別れ際に、龍野の歴史の本までいただいてしまいました。
どうして、龍野人ってこんなに親切なんでしょう。
みなさんも、龍野に行ったらぜひ、ふるさと、そしてたこちゃんへ行ってみてくださいね。


たつの市地図


龍野町立町・行き方
JR山陽本線姫路駅から姫新線に乗り換え、本竜野駅下車。
徒歩なら、西口を出て駅前からまっすぐ続く大通りを約10分、セブンイレブンの角を斜め右へ。
龍野橋を渡ったら、道なりで歩き、突き当たりを右へ。


参考ウェブサイト:

ふるさと(なんと、ふるさとさんにFBがありました!)
https://www.facebook.com/bar.furusato/

作展/さくてん。(たこ焼きたこちゃんが紹介されています)
http://wowon.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

二分の一夢庵 夢紡ぎ(たつの生まれのたつの育ちの女将さんのブログです)
http://nibunnnoichi.jugem.jp/?cid=20









たつの市たまき

にほんブログ村 旅行ブログ 旅日記・旅の思い出へ
にほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ
にほんブログ村

タグ:建築 兵庫 遊郭
posted by ahoujin at 01:57| Comment(4) | 遊廓

2017年01月03日

2017年1月2日 岐阜県・岐阜市高岩町 岐阜芸妓検番付近






岐阜市・岐阜検番


あけましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いいたします。

さて、お正月ということで、初詣で賑わう岐阜の町に友人と行ってまいりました。


岐阜市・八ツ寺町


木村聡先生の『赤線跡を歩く【完結編】』に再録されている「夜の女性街・全国案内版」によりますと、

岐阜 花街は三ヶ所に分れ、上の芸妓は伊奈波町、中の芸妓は高岩町から住吉町、弥八町、若宮町界隈、下は元金津遊郭内、併せて120軒、350名いる。

となっています。


岐阜市・住吉町


今回、せっかくなので”上”、”中”、”下”の三ヶ所すべて回ってみました。
今日は岐阜芸妓検番のある”中”、高岩町・住吉町・弥八町・若宮町付近の街並みをご紹介します。


岐阜市・美園町


なお、”下”にあたる、金津遊郭があったところ(今の西柳ケ瀬。金津園とは異なります)も、金津遊郭ができる前は高岩という地名だったようですが、今回訪ねた高岩町はそれとは別の場所になります。


岐阜市・西園町


下の写真の”満豊”さんは、鳳川妓連の公式サイト(金毘羅ふねふねが気になります)によりますと、「岐阜の花街で最後に残ったお茶屋」だそうです。
さらに、「お茶屋とは貸し座敷のことで、お客様の好みに合わせてどのようにでもご利用できます。」
と続きます。
吉原などでは遊郭のことを貸座敷といいましたが、文脈からすると、いわゆるレンタル・ルームのようなもののようですね。


岐阜市・高岩町満豊


弥八町・住吉町はスナック街という雰囲気でしたが(3枚目の写真が住吉町です)、高岩町付近は一転して料亭街となっています。
ぼくは料亭とは縁の無い人生を送ってきたので、料亭がどんなものかはよくわかりませんが(別に泣いてなんかいません><)、なんとなく高級な雰囲気が漂っているような気がします。


岐阜市・高岩町万平



下の写真は「八重菊」さんという表札がありました。
たぶん料亭だと思うのですが、三棟が連結したような大規模なつくりです。


岐阜市・高岩町八重菊


下の写真は個人の方のお住いのようなのですが、かなりいいオーラが出ています。
前回、紹介した吉原遊郭跡の「ゆうらく」さんと似た感じですよね。


岐阜市・西園町全景


岐阜の街をゆっくり歩いたのは今回が初めてだったのですが、高岩町付近に限らず、古い建物の宝庫で楽しめました。
愛知で「芸文」というと、栄にある近代的な県立の会館のことですが、岐阜の「芸文」はもっとすごいです。
今回は行けませんでしたが、次は生で見たいものです。


岐阜市・中


高岩町付近・行き方
最寄りのバス停は岐阜市役所南庁舎前です。
JR東海道線岐阜駅から12番・13番乗り場から岐阜バスで約8分。
徒歩でも20分〜30分ほどです。





参考ウェブサイト:

金津園ソープ徹底攻略・コラム〜岐阜のソープランドについて〜(超おすすめ!敷居が高いタイトルですが、実はこっち向きの内容。岐阜県の遊郭の変遷、細かく年代ごとに作られた古地図gifは感涙もの。このサイトを見てから行くべきでした!)
http://www.xn--3ck9bufn90ojcxm89b.com/column.html

レッツぎふ グルメ 万平(かの大島旅館とは・・・気になるところです)
http://g.lets-gifu.com/shop/index-4916.html

京まちづくりの会(西柳ケ瀬が「高岩」という地名だったことが書かれています)
http://blogs.yahoo.co.jp/gifukyoumachi/1913968.html

にほんブログ村 旅行ブログ 旅日記・旅の思い出へ
にほんブログ村





岐阜市・西園町
タグ:岐阜 建築 遊郭
posted by ahoujin at 15:35| Comment(2) | 遊廓

2016年12月05日

2016年12月4日 東京都・台東区千束 吉原遊郭跡







吉原・ゆうらく正面


binariaのライブを見に行ったついでに、吉原を訪ねました。
人生初吉原です(笑)。
現役の風俗街はどうしても敷居が高いですよね。


東京吉原・助六


ぼくが行ったのは、午後一番だったのですが、すでに客引きの方々が手ぐすね引いて待っている状況だったので驚きました(今、気がついたのですが、日曜日だったから昼間でも稼ぎ時だったんでしょうね)。
とはいえ、彼らも紳士的で、しつこく声をかけてくる人はいませんでした。
まあ、カメラ持ってるし、こいつは目的が違う、と思ってくれたのかもしれません。


東京吉原・白菊


ただ、やっぱりじろじろじっくり見て回れるような雰囲気ではないのです。
明らかに警戒心を持ってこちらを見ている客引きの方もいます。
そんな時に役に立つのが、ストリートビューですよね。
ぼくも、あらかじめストリートビューで下見をして、見たいところは地図にしるしをつけておきました。


東京吉原・太閤


そのおかげで、わりあいスムーズに見て回れたのじゃないかと思います。
それでも、狭い道に客引きが何人もいるようなところはやはり通れませんでした。
そんな道に限って、ストリートビューで復習していたら、ピンとくるような店があったりするんですよね(涙)。


東京吉原・江戸町通り


下の写真は、ゆうらくというお店だったところです。
1枚目のカラー写真も同じところです。
木村聡先生の『赤線跡を歩く』にも掲載されていますね。
今回、たまたまこちらのご主人に少しお話を聞かせていただくことができました。


吉原・ゆうらく側面


この建物ができたのは、昭和22年だそうです。
そして、1枚目の写真で見ることができる、丹精込めた菊の鉢が置いてある棚のあるところ、あそこが遊郭当時は入口だったとのことでした。
部屋がいっぱいあるので掃除が大変だ、とこぼしていらっしゃいました。


東京吉原・黒潮


上の写真から最後までは伏見通りにある遊郭跡(赤線跡)です。
この通りは奇跡的に、現役の風俗店が一軒もありません(条例などによるのかもしれません)。
ですから、ゆっくり見て回れるんですよね。


東京吉原・マスミ


遊郭趣味の総本山たるカストリ書房さんもこの通りにあります。
今、カストリ書房さんがあるところも建て替えられてしまってはいるけれども、もとは赤線があったところだと教えていただきました。


東京吉原・親切


カストリ書房さんでは、吉原の地図を購入しました。
平成5年、昭和33年、昭和20年、大正12年、明治27年の吉原の遊郭の所在・屋号が一覧できる地図です。
税別2500円ぐらいするので、買うときはちょっと高いと思ったのですが、家に帰ってこの地図を見ていると、全然飽きません。
撮ってきた写真とストリートビューとこの地図を照らし合わせながら見ていると、時間が経つのを忘れてしまいますよ。


東京吉原・プリンセス


なお、この地図は店舗販売限定で通販はしていないそうです。
みなさんも、吉原に行ったら、ぜひカストリ書房さんで地図を入手してください。
オススメです。
ところで、上の写真の建物は、なんとなく満鉄のパシナ機関車を思い起こさせませんか?


東京吉原


吉原・行き方
現役の遊郭に行くのでしたら送迎があるようですが(吉原の中は送迎車だらけです)、遊郭跡に行くのでしたら、自力で行くしかありません。
東武あるいは東京メトロ浅草駅下車、東武浅草駅前バス停から池袋駅東口行きの都営バスに乗り、吉原大門バス停下車すぐです。
また、日比谷線入谷駅・三ノ輪駅から歩いても15分ほどです。




参考ウェブサイト:

浅草防犯安全協会(読み応えがあります)
http://www.yoshiwara.tv/main.html

吉原弁財天(悲しいエピソードが残っています。時間があったらぜひ訪ねてみてください)
http://yoshiwarajinja.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai00.html

第二桜荘(件の地図によると、「かおる」というお家だったところのようです)
https://www.homes.co.jp/chintai/b-1182440025427/

にほんブログ村 旅行ブログ 旅日記・旅の思い出へ
にほんブログ村






東京吉原・プリンセス標語
タグ:東京 建築 遊郭
posted by ahoujin at 21:43| Comment(2) | 遊廓