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2020年12月16日

三重県・宇治山田市一之木町 新古町三遊廓(北新地赤線跡)・神社町赤線(遊郭)跡







神社港の町なみ
神社港の町なみ


『全国遊郭案内』によると、宇治山田には、新古町三遊郭があったといいます。
いわく、
 『新古町三遊廓は三重県宇治山田市大瀬古町新道、一ノ木町、曽禰町字新町の三ケ町に存在するので三遊廓の称がある』
 (『全国遊廓案内』カストリ出版)
この記述だけでは、新古町三遊郭という名前の遊郭だったのか、名称の異なる別々の3つの遊郭を総称して新古町三遊郭と読んだのか、はっきりとはわかりません。
ちなみに、ぼくに話を聞かせてくれた方々は、別々の遊郭と捉えているようでした。
前回、行った新町はこの三ケ町でいうと、曽禰町字新町にあたります。
ともあれ、三ケ所のひとつ、一ノ木町にある北新地を訪ねました。


北新地・開花樓・すえひろがあったあたり
北新地・妓楼が並んでいた辺り


北新地は文字通り、伊勢市の集娼地では北にあります。
戦後、こちらには、

開花楼
春日楼
末広
引本
第一丸万
第二丸万
美乃家

などのお店がありました。


北新地・すえひろがあったあたり
北新地・妓楼が並んでいた辺り


もはや、色街の雰囲気はもうほとんど残っておりません。
しかし、昔日、娼家があったと思われる土地が、そのまま駐車場として残っていますし、住宅地図によれば春日楼があったと思われる場所にも建物が1軒ありました。新古市で話を聞いた日向さんも、北新地には1軒だけ当時の家が残っていると言っていましたが、こちらのことかもしれません。


北新地・春日樓のあったあたり
北新地・春日楼のあったあたり


なお、北新地には第一丸万、第二丸万という娼家がありましたが、そこのオーナーは、後述の神社付近の実業家だそうです(今でも神社付近には豪邸があります)。
北新地の南側には、飲み屋が建ち並び、映画館も2軒ほどあった繁華街だったようですが、今はきれいな住宅が立ち並んでいて、知らなければ通り過ぎてしまうような町並みになっているのでした。


大世古新道の町なみ
大世古新道の町なみ
大世古新道の喫茶城
大世古新道の喫茶城


次いで、高向という町に向かいました。
こちらには中島楼がありましたが、もう影も形もありませんでした。


高向・中島樓のあったあたり
高向・中島楼のあったあたり


時間が余ったので、この際、神社港にも行きます。
ぼくは、神社港と書いて、じんじゃみなとと読むものだとすっかり思い込んでいたのですが、それは誤りで、かみやしろこうが正解でした。
一文字も当たっていません…
さて、その神社港までは、伊勢市からバスで15分ぐらい。
最初は、何人か乗っていたバスでしたが、ほとんどの人がララパークで下車してしまい、神社港まで乗ったのは、ぼくだけでした。
神社港の町は、1970年の住宅地図で見ると、栄えている様子で、商店や旅館などが軒を並べているのですが、現在の神社港の町は、静かな港街という感じでした。


神社港の町なみ
神社港の町なみ


町外れに堤防があって、そこを抜ければすぐに
海があります。
天気がいいため、今日の海はきらきらと輝いておりました。
この堤防脇に海の駅というものがあります。
といっても、お土産物屋さんではなく、観光案内所みたいな感じですね。
そこで、神社港のマップをもらいます。遊郭街も記入され、しかもちゃんと屋号入りの立派なマップです。
このマップと、住宅地図を見ながら、町を歩きます。


神社・引本楼、真砂屋があったあたり
神社・引本楼、真砂屋があったあたり


このマップは大正時代のものだということで、手元の1970年の住宅地図とはかなり変わっておりました。
細い道路沿いにこじんまりとした家々が並ぶ風景は、ちょっと三河の一色を思わせます。
そういえば、ここに運んできてくれたバスの行き先は、「一色」となっていました。伊勢にも一色があるのですね。


神社・まつかさがあったあたり
神社・まつかさがあったあたり


少し残念なのは、ここも娼家だった家は、ほとんど現存していないことです。
地元の方によると、ここで残っているのは1軒だけ。
それが、下の写真、『全国遊廓案内』にもその名を留める愛国楼です。
サイディングされているので、あまりそれらしくはないのですけれどもね。


神社・愛国樓
神社・愛國樓


なお、先程の道の駅でもらったマップですが、地元の方が見ると間違いがちょこちょこあるらしいです。
なんでも、当時93歳だった方の記憶のみによって作った地図のため、記憶違いによる誤りがあるとのこと。
たとえば、小田屋という娼家の位置も実際の位置とは違うそうです。
今後、このマップで街歩きされる方はお気をつけください。


神社・小田屋があったあたり
神社・小田屋があったあたり


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大世古新道







北新地の入り口
(2020年11月24日)続きを読む
posted by ahoujin at 16:29| Comment(0) | 遊廓(三重県)

2020年12月11日

三重県・宇治山田市曾禰町宮町 新古市園赤線(遊郭)・新町赤線跡







伊勢・新町
伊勢新町のスナック


小さな無人駅、近鉄宮町駅から、南にしばらく歩いたところにある新町通に来ました。
この通りにも、かつては娼家がありました。
民家の前で日向ぼっこをしているおにいさん(以下、日向さんと呼びます)がいらっしゃいましたので、お話を聞かせていただくことにしました。
日向さんによると、新町通りには娼家が3,4軒あったそうです。
ここもそうだよ、と日向さんが日向ぼっこをしていた家の右の家を指差します。
 『ここもそうだったんですか!』
目の前にあった娼家跡に思わず、声が大きくなります。
今は、もう建て替えられているのでかげもかたちもありませんが、そこには有福というお店がありました。


伊勢・新町通有福
伊勢新町通り・有福があったあたり


昔の住宅地図を日向さんに見せると、ここもそう、ここもそう、と次から次へ教えてくれます。
そこに、近くのコンビニから別のおにいさんがでてきました(以下、コンビニさんと言います)。
日向さんが言います。
『コンビニさんの家も遊郭だったやに』
そこで、コンビニさんも話の輪に加わります。
コンビニさんは、古家付きの土地として、その家を購入したのでしょう。その古家は倉庫として使われていたそうです(住宅地図には会社名で記されていました)が、中を見ると明らかに娼家のつくりだったそうです。コンビニさんはそこを取り壊して、今の家を建てたので、もう娼家の名残は全くないのですがね。
ちなみに、そこの屋号は、ふたばだったそうです。


伊勢・新町通ふたば
伊勢新町通り・ふたばの隣にも娼家があったという
伊勢・新町娼家があったあたり
伊勢新町・娼家があったあたり


しばらく、いろいろお話を聞かせてもらってからおふたりと別れ、先程地図を見ながら教えてもらった店を回ります。
日向さんによると、上の写真の2軒のうち、どちらかは、昔は娼家だったとか。
下の写真の家ももとは娼家だったとのことです。
うなりつつ写真を撮っていると、あれ、日向さんが、あちらから歩いて来るじゃありませんか。


伊勢・新町娼家があったあたり
伊勢新町
伊勢・紅鶴
左の建物は紅鶴。こちらの北にも娼家があった。


何でも、日向さんはぼくと別れたあとに、わざわざ知り合いのMさんにこの地域の娼家について聞きに行ってくれたとのこと。
残念ながら、Mさんは留守だったらしく、会えなかったそうですが…
そんなにまでしていただいて…と感謝していると、今度は△△さんのところに行ってみよう、と、ぼくを引っ張るように別の方のお家に連れて行ってくれましたが、残念ながら、そこも留守。
じゃあ、こっちだ、とばかりに向かった□□さんは、幸いご在宅でした。


伊勢・新古市園の通り
伊勢新古市園のメインストリート
伊勢・新古市園
伊勢新古市園跡


実は、△△さん、□□さんの家があるあたりは新町ではありません。日向さんによると、こちらの通りは新古市。
そう、新古市園赤線(遊郭)跡です。
新町から通り2本北に上がっただけですが、別の地区なのですね。
昭和13年生まれだという□□さんにも、新しい知識をもらいます。
この駐車場にあったのがさつきさんで、そこが香楽園だったかなあ…
この方も、とても親切に一生懸命思い出しながら、教えてくれました。


伊勢・新古市さつき跡
伊勢新古市園さつき跡。香楽園は右奥のあたり。
伊勢・宮町
伊勢宮町


下の写真の仲屋旅館は、元はなかやというお店でした。
子供の頃に、こちらで働いている女性に遊んでもらったという方が、教えてくれました。
まだ、思い出の中に新古市園は生きているのです。


伊勢・新古市なかや跡
伊勢新古市園なかやがあったあたり

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伊勢・新町
新町のスナックビル。電気メーターはほとんど空だった
伊勢・大世古
新古市にほど近い大世古の立体駐車場跡








伊勢・大世古


(2020年11月24日)
posted by ahoujin at 16:49| Comment(0) | 遊廓(三重県)

2020年10月24日

奈良県・奈良市元林院町貸座敷跡・東木辻町瓦堂町木辻遊郭跡







奈良市・元林院京富
元林院町・京富


奈良に来ました。
奈良はぼくが20代の頃に5年間暮らした街です。
ぼくはクリスチャンなのですが、洗礼を受けたのがこの街でした。


奈良市・元林院町検番
奈良市元林市町検番


さて、久々にきた奈良の街。
前振りからすると、母教会に行きそうなものです。
ところが、絵に描いたような放蕩息子のぼくは、あろうことか、いにしえの紅灯の街へと歩を向けたのでした。


奈良市・元林院町
奈良市元林院町の町なみ


実は、今回、ぼくが奈良に来たのは元林院町を訪ねるためなのです。
元林院町は小さな町です。
すぐ近くには、猿沢の池や、三条通があるのですが、そこからほんの少し入っただけなのに、落ち着いたたたずまいを見せており、歩いていると気持ちが休まるようなそんな町です。


奈良市・元林院町登美家さんがあったあたり
奈良市・元林院町登美家さんがあったあたり


奈良市内では、木辻遊郭が有名ですが、ここ元林院にも、戦前は、貸座敷が並んでいたのでした。
アポも無しで訪ねてきた元林院ですが、幸い、地元の名家の方にお話をうかがうことができました。


奈良市・元林院町米濱樓跡
奈良市・元林院町米濱樓


上の写真、猿沢の池の近くに堂々たる姿を見せる貸座敷・米濱樓だった家です。
後年は、一宮(いっきゅう、と読みます)と屋号を変えて営業していたそうですが、現在は誰も住んでいません。
この建物は昔のままだと聞きました(注・昔のままといっても、教えてくれた方も戦前の貸座敷だった頃の米濱樓を見たわけではなく、その方の知る米濱樓はこの建物だという意味です。どこかのタイミングで建て替えている可能性はあります)。


奈良市・元林院町米濱樓跡2
奈良市・元林院町米濱樓


下の写真が、貸座敷・阪井樓だったと思われる家です(教えてくれた方も断定はできず、確かここだったと思う、とのことでした。阪井樓の住所と同じ場所にありますので、ほぼ間違いなさそうです)。
戦後は、置屋として営業していたそうです。
他にも貸座敷はあったそうですが、教えてくれた方も記憶がはっきりせず、思い出せないとのことでした。


奈良市・元林院町阪井樓
奈良市・元林院町阪井樓


元林院では、貸座敷ではありませんが、戦前から続く老舗の置屋だった京富さんが、現在は素敵なカフェ(みなさんの大好きな特殊カフエーではありません)として営業していますので、ここでおいしいアイスコーヒーを飲みながら、往時に想いをはせるのもいいものです(トップのカラー写真と下の写真が京富さんの内部です。許可をいただいて撮影しました)。
なお、京富さんは、別の建物で現在も置屋として営業されているそうです。
『よかったら、ぜひ!』と、若き日の原田知世を思わせる、かわいいカフェのおねえさんにお声がけをいただきました。


奈良市・元林院町京富2
奈良市・元林院町京富


さて、以下は、地元の方が聞かせてくれた奈良の花街の概要です(まだ裏が取れていません。帰りに図書館に寄って確認しようと思っていたのですが、うっかり忘れて帰ってきてしまいました)。

『戦後、奈良の町には花街が3つありました。
  元林院、南市、そして木辻です。
  この中で一番格上なのが元林院で、戦後の元林院は芸妓の街でした。
  元林院は、戦前、置屋・万玉樓の楼主が京都から芸妓を連れてきて始めた花街です。
  そこから栄華を極め、狭い街ながら往時は150人ほどの芸妓がいました。
  正月などの華やかさといったらそれはそれは眩しいほどでした。



奈良市・今御門町米早
奈良市今御門町


  ちなみに、元林院では今でも芸妓を呼ぶことができます。
  また、住所は今御門町になりますが、つるやさんでも呼ぶことができます。



奈良市・今御門町つるや
地元の方に愛されている芸妓・菊乃さんプロデユースのつるや。


  元林院の次が、元林院のすぐ南にある南市。
  こちらは、芸妓と娼妓を兼ねた方の花街でした。



奈良市・南市町
奈良市南市町の町なみ

  そして、その次が木辻。 
  こちらはご存知の通り、娼妓の街です』



奈良市・東木辻町
ご存じ、静観荘


今回、時間があったので、木辻の町にも行ったのですが、ぼくが昔、行ったことのある質屋が東木辻町にありました。
20代のぼくは質草として革ジャンを預けたのですが(たった2,000円にしかなりませんでした。これに懲りて、その後はもう質屋のお世話にはなっていません)、この質屋、その昔は娼妓もお世話になったのかもしれないと思うと、なにやら不思議な縁を感じるのです。


奈良市・東木辻町鈴屋跡
奈良市木辻遊郭鈴屋跡


参考ウェブサイト:

つるや(元林院の芸妓・菊乃さんプロデュースのお茶屋です。ランチもあります。)
http://tsuruya.kikuno.net/

寿司玉ろ(お寿司屋さんですが、カレーうどんもおいしい!とても親切です)
https://tabelog.com/nara/A2901/A290101/29000972/

ROKKAN ROOM(元置屋の京富さんが素敵なカフェになりました)
http://www.rokkanroom.com/

花街ぞめき(レジェンドサイトのひとつです。元林院のことにもめちゃめちゃ詳しいです)
https://gionchoubu.exblog.jp/30197415/


奈良市・今御門町
奈良市今御門


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奈良市・元林院町米濱樓
奈良市元林院町米濱樓








奈良市・南辻町散髪屋
南辻町の床屋
(2020年10月20日)
posted by ahoujin at 16:43| Comment(0) | 遊廓(奈良県)

2020年07月20日

三重県・亀山市東町(本町)赤線(遊郭)跡







亀山市・酔仙亭


亀山に久々に来ました。
以前に来たときは、準備不足で、どのへんに赤線があったのか、まったくわからないままに闇雲に歩きました。
もちろん、結果が出るわけもありません。
そういうわけで、今日は、心を入れ替え、しっかり下調べをして、満を持しての亀山入りです。


亀山市・本町へ向かう


さて、亀山の赤線があったのは、どこでしょう?
『全国遊廓案内』には、亀山の遊郭は大字東町にあると記されていますが、現在の東町を探しても赤線跡は見つかりません。
赤線があったあたりは、昭和29年、東町から本町に町名が変わってるんですね。
今の住所で言うと本町3丁目、4丁目の旧東海道沿いに赤線はありました。
現在、このあたりは、取り立てて言うこともない普通の住宅街になっていますが、当時は賑やかな目抜き通りでした。
通りにある郵便局も、今はこじんまりとしたものですが、往時は高層建築だったんですよ。


亀山市・此花跡

亀山市・此花跡千歳楼跡


それでは、亀山の赤線跡を見てまいりましょう。
上の写真、空き地になっているところに、此花というお店がありました。威風堂々とした三層楼で、軒灯もきらびやかに屹立していたようです。
此花の左隣はタバコ屋さん(今でもタイルが残っています)で、その左にあったのが、千歳楼。千歳楼は前述の『全国遊廓案内』にも名前が出ている由緒あるお店ですが、今はもう建て替えられてしまっています。


亀山市・牛乳店


亀山市・牛乳店


この写真(上も下も)は酔仙亭というお店だったお家。
こちらも、前掲書所載のお店です。
お話を聞かせていただいた方によると、ここは当時から残っている建物だそうです。
植木が美しいです。


亀山市・酔仙亭


亀山市・酔仙亭


下の写真は神風楼があった場所。神風楼も『全国遊廓案内』に出ています。
車が駐車している空き地のところに神風楼があったそうです。


亀山市・神風楼跡


文月というお店もありました。
文月さんは、間口が狭い家だったように思う、肉屋さんの右だったか左だったか…ということを覚えてらっしゃる方がいましたが、残念ながら、場所までは確定できませんでした。


亀山市・福助寿司


もう一軒、京屋というお店もありましたが、こちらについては皆目わかりませんでした。
東町にある、同名のうどんやさんのことは、みんなご存知だったんですけどね。
なお、このうどんやの京屋さんは、おいしいらしいですよ!


亀山市・千歳楼跡


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亀山市・緑のタイル

posted by ahoujin at 21:43| Comment(0) | 遊廓(三重県)