2018年04月03日

愛知県・愛知郡鳴海町 鳴海園赤線(遊郭)跡







国道1号線鳴海栄交差点オアシス
国道1号線鳴海栄交差点


『夜になると、(国道1号線に)トラックがたくさん停まってたがや』
当時はまだ未舗装だった国道1号線。
車が通るたびに土埃がもうもうと立ったといいます。
南側は一面の田んぼでした。
今では考えられないことですが、その1号線に夜は路上駐車がずらりと並んでいました。
路上駐車をして向かった先は、鳴海園。
1号線のすぐ北にあった赤線です。


鳴海園・入口


鳴海園。
『愛知県警察史』によれば、業者数7人、従業婦数24人。
こじんまりとした赤線でした。
今はもう住宅街となっています。
往時、上の写真の家と家の間が鳴海園の入り口でした。
鳴海園の入り口といっても、この写真に写っているのは食堂やうどん屋さんなどがあったところで、特殊カフェーは通りの中にありました。
また、ちょっと通りを入ったところにはちいさなお好み焼き屋さんもありました。


鳴海園・メインストリート


同じ場所を角度を変えて撮影したのが上の写真です。
鳴海園は通りを挟んだ両側にお店が並ぶスタイルでした。
この並んだ二軒の間の通り(写真で車が停まっているところ)がいわばメインストリートで、特殊カフェーの入り口はみなこの通りに向いていたそうです。
でも、今はもう行き止まりになっているので、この通りを歩くことはできません。


鳴海園・北側有楽荘


メインストリートが通れないので、外から鳴海園を見てみましょう。
まずは北側から。
上の写真をご覧ください。
駐車場になっているあたりにあったのは遊郭・有楽荘さん。
その右も遊郭(屋号は不明です)、その右は飲食店だったと聞きました。


鳴海園南側・新船


続いて、南側から。
上の写真をご覧ください。
手前の駐車場が特殊カフェー・東雲さんがあったあたりです。
なお、今回、お話を聞かせていただいた方々は屋号を東雲と記憶されていましたが、手元の資料では新船となっています。
経営者は変わっていないようですので、いずれかの時期に屋号を変えたのでしょう。
その右が遊郭・白扇さん、その右には検黴か検番がありました(お話をお伺いしているときは、検黴だと思って聞いていたのですが、今思うと検番とおっしゃったのかもしれません)。
鳴海園の特殊カフェーは他に初港さん、一徳さんがありましたが、残念ながら今回の調査では場所を特定できませんでした。


鳴海駅旧バスターミナル
鳴海駅旧バスターミナル


まわりの家々が井戸を使っていた頃から、鳴海園だけは水道が通っていたという話も聞きました。
どんな事情があったのでしょうか。


鳴海球場
鳴海球場


参考ウェブサイト:

マイセン(鳴海園の入り口近くにある喫茶店です。11時までモーニングあります。オススメ♪)
https://tabelog.com/aichi/A2301/A230112/23018058/

鳴海球場界隈(鳴海と言えば鳴海球場)
http://www.geocities.jp/kentpapajp/mw/column4.htm


鳴海・鳴海球場裏
鳴海球場







鳴海・旧東海道
旧東海道


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鳴海・上汐田
(2017年11月25日、2018年4月3日)
posted by ahoujin at 21:03| Comment(2) | 遊郭(愛知県)

2018年03月18日

愛知県・春日井市上条(和爾良) 道風荘赤線(遊郭)跡







春日井。・道風荘


上に掲げたカラー写真の大通り。
かつてはこの通りが春日井のメインストリートでした。
道の両側には商店や会社が軒を連ねていましたし、国鉄バスは颯爽とこの道を通り名古屋の栄まで走っていたそうです。
女学生時代、そのバスで名古屋まで通学していた方が教えてくれました。


春日井・伊藤テーラー


『昔はね、王子製紙の女工さんでこの通りがいっぱいだったんだよ』
当時からこの通りに住んでいる方が教えてくれました。

…1970年代、中央本線を高架で越える新道ができました。
この通りにあった踏切が閉鎖され、通りは行き止まりになってしまいました。
そして、通りから賑わいが消えました。


春日井・サロンドアイ


時間を戻しましょう。
この通りがメインストリートだった頃、一般の商店に混じり、特殊カフェーも並んでいました。
赤線・道風荘です。
いつものように『愛知県警察史』をひもとけば、道風荘は業者7人、従業婦数14人との記載があります。
ぼくの知る春日井の特殊カフェーは以下の9軒です。


栄家
新栄
水月
つたや
春中
舞鶴
まこと
大和
米本


春日井・栄家


栄家さんがあったのは、上の写真の塀の向こうのあたり。
見えないじゃないか、と怒られそうですが今は駐車場になっており、当時の建物は残っていません。
下の写真、手前から、新栄さん、○○さん、△△さん、××さんと赤線が並んでいたそうです。
上で○△×と記したのは伏字ではありません。
教えてくださった方が屋号を思い出せなかったからです。


春日井・新栄


なお、○○さんは元洋服屋さんですが、その前は赤線でした。
△△さんは焼肉屋さんですが、その前がキャバレー、そしてその前が赤線でした。
この二軒は当時の建物だそうです。
新栄さんは、建て替えられてデイサービスになっています(軽自動車が停まっている建物)。
××さんは残念ながら今は空き地です。


春日井・つたや・舞鶴


そして、上の写真の駐車場、左につたやさんがありました。
右には舞鶴さんがあったようです。
まことさんがあったのはおそらく、下の写真の奥の駐車場のあたり。
こちらのご主人はとてもいい人だったと、当時を知る方が教えてくれました。


春日井・八重垣スーパー


大和さんがあったのは下の写真のあたり。
大和さんのあとは、スタンドバーエミーというお店でした。


春日井・大和


なお、下の写真に写っている蒸気機関車のように重厚なアパート群ですが、こちらについて確認したところ、昭和39年の建築だそうです。
新築時に知り合いが引っ越したから間違いないとその方は教えてくれました。
確かに、昭和33年の住宅地図では、この場所は空き地です。
そういうわけで、赤線とは関係がなさそうです。


春日井・かすが荘


道風荘・行き方
JR中央本線春日井駅南口下車。徒歩5分程度。
南口を出たら、線路沿い(線路とは少し離れていますが、一番線路に近い道です)を名古屋方面に向かい歩きます。
最初の十字路を左に曲がれば、そこが道風荘のあった通りです。


春日井・道風荘地図


参考ウェブサイト:

トキワ理容店(とても親切な床屋さんです。大すいせん。月曜火曜日定休。3,700円でフルサービスです)
http://www.riyoaichi.or.jp/archives/shoplist/%E7%90%86%E5%AE%B9%E3%83%88%E3%82%AD%E3%83%AF

女装嬢が集う映画館(ユニオン劇場の紹介をしているサイトです)
http://josuu.web.fc2.com/Cinema-kasugai.htm

郷土史かすがい(バックナンバーが全巻読めます。こちら向きの記事は少ないですが、44号の鳥居松工廠の話など興味深いです)
http://www.city.kasugai.lg.jp/shimin/bunka/bunkazai/kyodoshikasugai/index.html


春日井・下宿屋長谷川


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春日井・ユニオン劇場








春日井・京楽


春日井・鳥居松の民家
(2017年11月25日、2018年3月17日)
posted by ahoujin at 00:49| Comment(2) | 遊郭(愛知県)

2018年02月23日

愛知県・碧海郡安城町 陽貴園赤線(遊郭)跡







安城・バーデンマーク


日本の大動脈・東海道新幹線に存在する秘境駅、三河安城を擁する町・安城。
ぼくの家から一番近い新幹線の駅がその三河安城なのですが、この駅には1時間に2本しかない「こだま」しか停まりません。
「のぞみ」も「ひかり」も容赦なく通過します。
やむを得ず「こだま」で妥協しようとしても、乗換がまた一苦労です。
三河安城は在来線も普通列車しか停まらないのです。
特別快速は言うに及ばず、新快速も快速も、区間快速すらも通過します。
いわゆる「石のやうに黙殺され」る駅なのですね。
そんなわけで、ぼくはいまだに新幹線利用時に三河安城駅を使ったことはありません(豊橋か名古屋に行っちゃいます)。
さてさて、前置きが長くなりましたが、その安城にもかつては、赤線(遊郭)がありました。
その名も陽貴園。


安城・美人組


『愛知県警察史』によれば、陽貴園は業者3名、従業婦10名とのこと。
ぼくにわかっている安城の特殊カフエは以下の4軒です。

所在地 屋号
上細田 梅園荘
上細田 新桝家
荒古  末広
荒古  信力

現在の安城をご存じの方ならおわかりでしょうが、上細田も荒古も現存しない地名です。
ざっくりいうと、現在の末広町・相生町・朝日町のうち、追田川沿いのあたり一帯が上細田にあたります。
また、荒古は上細田の東側に寄り添うようにありました。


では、陽貴園の現在はどうなっているのでしょう?
…実は、もうほとんど何も残っていません。
と言い切ってしまうと、ここで記事が終わってしまうので、一軒一軒見ていくことにしましょう。


安城・特殊カフェ末広


まず、特殊カフエ・「末広」さんがあったのは上の写真のあたり。
まったく普通の住宅街ですね。
知らなければ、普通に通り過ぎてしまいます。
というか、ぼくも実際に通り過ぎていました。

続いて、特殊カフェ・「信力」さんがあった場所は下の写真のあたり。
さきほどの「末広」さんの交差点を南に100メートルぐらい下ってきたところです。
こちらも、完全に住宅街ですね。


安城・特殊カフエ信力


続いて、特殊カフェ・「新桝家」さんがあったのは下の写真のあたり。
道路の右側に見える「ら・むーる」さん(3階建てのビル)は、昭和37年の住宅地図でも「ラムールダンスホール」として確認できます。
この通りも往時は華やかだったのでしょうね。


安城・特殊カフエ新桝家


特殊カフェ・「梅園荘」は前回の記事で触れた掲示板の情報では、陽貴園の組合長とされていますが、ここの場所が実はよくわかりません。
住所からすると、下の写真のあたりなのですが・・・・。
まだまだ、調査が必要ですね。


安城・末広町


下の写真は、(特殊でない)カフエ「ミス上海」があったあたり。
なお、この写真のお家も「料理店」の鑑札がついています。
現在でも、この近辺には安城芸者さんを呼べる料理店が数軒存在していて、花街の雰囲気が味わえます。


安城・カフエーミス上海


トップのカラー写真は、トリスバーがあったあたりに建っていたお家。
安城では一番好きな建物だったのですが、再開発の波にのまれてしまって去年取り壊されました。
ちなみに、この建物の向かいにはかつて映画館があったそうです。


安城・花ノ木観音


安城陽貴園・行き方
JR東海道本線安城駅下車。
南口から徒歩10分ぐらい。


安城・陽貴園地図


参考ウェブサイト:

笑美素会・安城芸妓文化振興会(年会費5千円で会員募集中です!)
http://www.ebisukai.jp/index.html

永井理子instagram(日本一かわいい女子高校生としてグランプリを取った安城出身のりこぴんです。応援してくださいね♪)
https://www.instagram.com/riko_1221/

両口屋菓匠(毎月、第4土曜日だけ発売される”どら娘”がおすすめです)
http://ryouguchiya.com/




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安城・閉ざされた集合住宅








安城・バーデンマーク終焉
(2016年9月16日-2018年2月21日)

posted by ahoujin at 14:24| Comment(0) | 遊郭(愛知県)

2018年01月30日

愛知県・知多郡南知多町大字内海 海楽園赤線(遊郭)跡







内海・内海館の広告


中京地区ではビーチリゾートとして知られる内海。
夏はナウいヤングでホットな街ですが、季節外れの晩秋、そして寒々しい正月と2回にわたり男一人で行ってまいりましたのでレポートしてみたいと思います。


内海海岸


内海には、海楽園という赤線(遊郭)がありました。
『愛知県警察史』によると、海楽園の特殊飲食店は2軒従業婦数7人となっています。
しかし、これは昭和30年頃のお話し。
昭和22年の時点では海楽園は5軒で構成されていました。


内海・千鳥浜


風月、五月、三都野、菊水、そして××。
今、名前を挙げた4軒はいずれも現在は営業していません。
ただ、伏字にした1軒については、転業旅館の一言で片付けられないような大手の旅館として現在も営業されていますので、あえて名前を伏せました(この記事でもXXの写真は一切載せていません)。


内海・河栄旅館


以上の5軒のほかに、まちBBSの★東海地方の遊廓跡を歩くX★という掲示板では内海館さんの名前が海楽園の組合長として掲載されています(余談になりますが、この掲示板はとても参考になりますよ)。
しかし、残念なことに、当該掲示板で挙げられている資料がかなりの稀覯本のようで、ぼくはまだ見ることができていません。
したがって、内海館さんが海楽園に属していたかどうかの確認は取れませんでした。


内海・内海館跡地


なお、内海館さんは今はもう廃業されていますが、当地では一番格が高い旅館だったと、地元の方がおっしゃっていました。
内海館さんがあったのは、上の写真のところ。
内海館さんには本館と濱座敷前館があったようですが、こちらはどちらの内海館の跡なのでしょうね。


内海・風月跡


では、一軒一軒見ていきましょう。
上の写真の駐車場になっているところが特殊カフェー風月さんがあったあたりです。
影も形もありませんね(笑)。


内海・五月荘跡


特殊カフェー五月さんについては、今のところ、よくわかりません。
1970年の住宅地図に、五月荘として記載されているお家があったのが上の写真のあたりですが、海楽園の五月と同じかどうかまでは調べがつきませんでした。
(2018年2月12日追記:その後、特殊カフェー五月さんが、五月××という屋号だった時期の記録が見つかりました。××は上にも書いた現役の大手旅館の名前です。とすると、五月は××の支店だったのかもしれません)


内海・菊水跡


菊水さんがあったのは、上の写真のあたり。
この辺りは、今でも、海の家のようなお家が散在しています。


内海・松よし寮


三都野と書いて、「みつの」と読むそうです。
(2018年2月12日追記:地元の方からの聞き取りでは「みつの」でしたが、三都野の経営者の苗字は水野だったので、「みづの」だったかもしれません)
上の写真の建物、1970年の住宅地図には松よし寮と記されているお家が、松よし寮になる前は三都野だったような気がすると教えてくださった方がいました。
なお、松よし寮は、芸者の置屋さんのようなところだったようです。


内海・三都野跡


けれども、資料を総合して考えると特殊カフェー三都野さんがあったのは、上の写真のあたりのようです(途中で移転した可能性もありますが)。
この通りは昔、映画館やパチンコ屋、旅館などが並んでいる繁華街でした。
赤線跡をめぐっていると、昔はここに映画館があったんだよという話をよく聞きます。
昭和生まれの男はひとり、昭和とともに消えて行ったものたちに思いをはせるのでした。


内海・パチンコ屋のあったと通りの家


内海海楽園・行き方
名鉄知多新線内海駅下車。
駅前から伸びる道を海方面に向かう感じで南下していきます。
徒歩10分から20分ぐらい。
常滑のついでに来るのなら、市場バス停から知多バスで上野間行きに乗り、終点の上野間駅で知多新線に乗るのが早くて安いです(ただし、バスの本数が少ないのでご注意ください)。


内海地図


参考ウェブサイト:

愛知県図書館絵はがきコレクション(昔の内海館の写真を見ることができます)
https://websv.aichi-pref-library.jp/chiki/ehagaki/f_chita_2.html

美晴楼(楼がつきますが遊郭跡ではありません。昔は旅館だったうなぎ屋さんです。親切ですよ♪)
https://tabelog.com/aichi/A2304/A230403/23031504/

知多娘。(内海お吉というキャラがいます)
http://www.chita-musume.com/blog/


内海・入見神社


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内海・内海駅のねこ








内海・内海の街並み
(2017年11月9日、2018年1月2日)
タグ:旅館 愛知 遊郭
posted by ahoujin at 01:31| Comment(2) | 遊郭(愛知県)