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2020年04月12日

三重県・久居町榊原 榊原温泉、久居町中射場 久居赤線(北新地遊郭)跡







榊原温泉・紫峰閣


名古屋駅から、近鉄電車で1時間半ほどで久居駅に着きます。
久居駅は一日に数本の特急が停まるものの、地味な地方の駅といった風情で駅前もコンビニが一軒あるぐらい。
日曜の午後というのに、閑散としておりました。


久居市・中射場町
見事な柴垣のある家。


その久居駅からバスで5分ぐらいで新地バス停に着きます。
新地というその名から想像されるように、ここには遊郭がありました。
『全国遊廓案内』によると、ここにあったのは久居町北新地遊廓。
七軒の貸座敷があったとされています。


久居市・新地
北新地遊廓跡。


新地の近くに旅篭町という場所があります。江戸時代はそこに遊廓があったそうですが、その遊廓が移転してできたのが、北新地遊廓です(『久居市史』)。
この遊廓が戦後も残って赤線となりました。
当時の娼家は、

松月
金生
登茂惠
山半

など。
松月は『全国遊廓案内』にもその楼名が出ています。


久居・中町交差点


上の写真の道路の左側部分が当時、妓楼があった一帯となります。
なお、久居駅の東側(自衛隊の駐屯地がある側ですね)にもそういう家があったという話も聞きましたが、残念ながら裏が取れませんでした。


榊原温泉・紫峰閣と榊原川
榊原川の流れ。


さて、新地のバス停からさらにバスに乗り、30分ぐらいゆられたところにある榊原温泉。
榊原温泉までの道は、途中まで昔の軽便鉄道の廃線跡と同じルートだそうです。
途中にあった料理屋さんの店先に、『七栗駅前〇〇軒』と書いた古そうな木箱が積まれていました(下の写真の赤丸の部分。信号待ちのバスの中からスマホで撮ったので、『前駅栗』しか写ってませんが)。この七栗駅というのが、ここを走っていた軽便鉄道、中勢鉄道の駅なんですね。


久居・七栗駅前


しかし、軽便鉄道が廃止になったのが約77年前、果たして80年近い昔の木箱が残っているものなのか、少し疑問はありますが。
さて、バスがすれ違うのも困難な細い道を通って(比喩ではなく、実際に、ある場所ではバスがバックをして対向車に道を譲っていました)榊原温泉に着きました。


榊原温泉・射山神社から温泉街を望む
射山神社から温泉街を望む。
榊原温泉の街並み

榊原温泉の街並み

榊原温泉の街並み

榊原温泉の街並み


温泉街の華やかさはなく、かといって秘湯というわけでもない、静かな温泉です。
江戸時代に祖を持つ由緒正しい榊原温泉ですが、実は、こちらにも娼家がありました。


榊原温泉にあったそういう家


大人の事情で、屋号は載せられませんが(最近、そういうお店ばかりでごめんなさい)、上の写真のあたりに建っていました。なお、当時の建物は残っていなくて、今はもう建て替えられたそうです。

モニュメントのように川沿いに建っている国民宿舎・紫峰閣の廃墟が印象的な榊原温泉でした。


榊原温泉・紫峰閣

榊原温泉・紫峰閣を望む


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榊原温泉・紫峰閣








久居・妓楼跡
(2020年1月2日)
posted by ahoujin at 19:58| Comment(1) | 遊廓(三重県)

2020年03月29日

三重県・鈴鹿市白子本町 江島赤線(遊郭)跡







白子江島・○○園


伊勢神戸から伊勢街道を辿ってくると、白子の街があります。
戦後にこの白子にあった娼家の数は、はっきりとはわかりませんでした。
でも、地元の方に聞いたところによると、3、4軒だったとのこと。
おおむね、伊勢街道の周辺にあったようです。


白子駅前



下の写真の場所が、○○○さんがあったあたり(諸々の事情から伏せ字にしました)。
アパートの名前に屋号が残っています。
昔のお店は、不幸な火事で燃えてしまったと教えてくれた方がいましたが、アパートの背後に旅館風の古い建物がありますので、そちらも○○○さんの一部だったかもしれません。


白子江島・H



下の写真は海松館さん。
こちらも、アパートの名前に屋号が残っています。
その名の通り、海のすぐ近くです。
もっとも、今は近辺に松はありませんが、往時は松林があったのでしよう。
敷地内に残っているほこらと、石のタヌキは当時物かもしれません。


白子江島・海松館
海松館はきれいな集合住宅になっていた。

白子江島・海松館の前の海
海松館の前はすぐに海となっている。


少し離れたところにある、旅館○○さん。
こちらは、赤線時代は晃楽園という屋号でした。
そして、現在は、瀟洒な飲食店となっています(旅館の看板はありますが、旅館としての営業はしていません)。
ブログを拝見すると、大掛かりな改装をしていらっしゃいます(素敵な玄関も改装後のもののようです)。
でも、行ったことがある方に話を聞くと当時の雰囲気が残っているところもまだあるようです。
これは、入店せざるを得ないでしょう。
しかし、この日は日曜日。
残念ながら定休日でした。
後日、改めて来ることといたしましょう。


白子江島・旅館
白子の旅館。晃楽園ではありません。


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白子の街並み








白子の旅館
白子の旅館。晃楽園ではありません。
(2019年11月24日)
posted by ahoujin at 14:36| Comment(0) | 遊廓(三重県)

2020年03月21日

三重県・菰野町湯ノ山 湯楽園赤線(遊郭)跡







湯ノ山・かじか
河鹿荘の美しいフォルム。


初春の一日、湯の山温泉に行ってまいりました。
近鉄湯の山温泉駅から、三重交通のバスに乗り換えます。
バスは山道をぐいぐいと上っていきます。木々の間からときおり見える街並みは、はるか下界にあります。
いつの間にこんなところまで来たのかと驚くぐらいの高度です。
そういえば、松本清張の小説に、御在所が舞台になったものがあったなあなどと考えるともなく考えていると、終点、湯の山温泉・御在所ロープウエイバス停に着きました。


湯ノ山・石碑
湯ノ山温泉三業組合長の名前が見える。


さて、バス停から温泉街までは急な坂道を下るのですが、その途中に大黒天があります。
そこの石碑には、発起人として、湯の山温泉三業組合組合長のY氏の名前がありました。
Y氏は、湯の山温泉にかつてあった老舗旅館、杉屋の社長だった人です。
この杉屋と寿亭(今の寿亭とは別の経営者でした)が当時は中心となって三業組合を回していたと、地元の方が教えてくれました。


湯ノ山・杉屋東店閉店のお知らせ
杉屋の名前はつくが、実質的には杉屋とは別の経営だったという。

湯ノ山・アーチのある家


湯の山温泉には、赤線があったといいます。
カストリ書房さんの『実態調査全国赤線青線地区総覧』という書籍によれば、その名も湯楽園。
七軒で構成されていたとか。
ぼくが知る限りでは、



喜久住
喜の家
山楽
玉の家
ひな屋

というお店があったようです。

地元の方にそれらのお店についてお尋ねしたところ、とてもていねいに教えてくれました。
下の写真が泉さんだった家。
置屋をしていましたが、後年は玉突き場をしていたそうです。


湯ノ山・泉


下がひな屋さんがあったところ。
置屋さんでした。
今は駐車場になっています。


湯ノ山・ひな家


下が翁さんがあったところ。
置屋でしたが、メインは売店だったそうです。
後年は喫茶店でした。


湯ノ山・翁


下が玉の家さんがあったところ。
やはり置屋でした。
まったく影も形もないですね。


湯ノ山・玉の家


下が喜の家さんがあったところ。
後年は美奈川という旅館でした。


湯ノ山・喜の家


なお、喜久住は名前は聞いたことがあるけれども、どこにあったかはわからない、山楽というお店は聞いたことがないとのことでした。


湯ノ山・杉屋支店
駅前には杉屋の支店があった。

湯ノ山・寿亭、杉屋の裏


お話しを聞かせてくれた方によると、ぼくが挙げたお店は、全て置屋であり、娼家ではなかったとのこと。
また、湯ノ山には他に娼家があったことはない、とおっしゃっていました。
売春防止法が施行されたのは、その方が中学を卒業した年です。
だから、赤線のお世話になったことはないんだよ、とのことでしたから、まだ若すぎたその方が知らないだけかもしれません。
湯楽園はぼくの挙げた七軒なのか、それとも別に娼家が存在したのか。
それとも、表立っては存在しなかったのか。


湯ノ山・河鹿荘

湯ノ山・河鹿荘の横顔


松本清張の小説においては、執念深く御在所の石河原を捜索した刑事によって煙草の吸い殻が見つけられ、それが糸口となり、あわや迷宮入りだった事件が解決しました。
湯の山温泉の赤線、煙草の吸い殻は見つかるでしょうか…。


湯ノ山・翠月旅館
軒灯には萌えます。


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湯ノ山・杉屋東店








湯ノ山・温泉までの道
(2020年3月21日)
posted by ahoujin at 23:40| Comment(0) | 遊廓(三重県)